どうでもいい話

私が木村君が出ている番組を録画し始めたのが、’1くらいからだから、もう16,7年分くらいの木村拓哉の歴史がディスクに残っている。
それに雑誌。映画のDVD
それはもう、たいそうな量で、押し入れの半分はそれで埋まっている。


人生の後半戦というのは、意外と長いものだということが母たちを見ていてわかったので、
長い後半戦のために生活をシンプルにしようと、思い立つと断捨離をやっている
着なくなった洋服、靴、バッグ、手紙、写真、本・・・・。
どれも捨てるのは、心が痛むものばかりだ。
その中でも、結構な量のある、木村君の歴史はどうしたらいいんだろう、と近頃よく考える
グループが解散をしたのを機に処分しようとしたけれど、グループの歴史は、木村君の歴史でもあるわけで、一人だけを切り出すわけにはいかない。
結局、手が付けられないまま残ってしまったら、子供たちは、母のこの乙女心の残骸をどうするんだろうか(笑)
やっぱりいつかは処分しなくてはいけないんだろうな。


誰かの歴史って、実はファンが一番持っているんじゃないかと思う。
それこそ誰それが、彼についてこんなことを言っていたというエピソードから、街頭のインタビュー、関連商品まで、〇〇という名前に関係するものは、ほぼ網羅するのがファンのセンサーだろうから。
そういうものを、すべて残したら、当のご本人さえ忘れている子細な歴史の詰まったミュージアムができると思うんだけど
でも実際そういうものができたとしても、長い年月維持するのは難しいのだろうなと思う
埼玉にあったジョンレノン記念館も知らない間になくなってしまったものね

結局のところ、公に残る記録以外は、ファンの記憶とともに失われていくのかもしれない。
今は言葉だけが独り歩きしているけれど、記録より記憶とう言葉は、誰かがいつも高い記録を積み上げる木村拓哉に対して、悔し紛れに言った言葉だ。
私はやっぱり記録は大事だと思う。
木村拓哉という人が積み上げてきた数々の記録は、ファンの中にある、たくさんの思い出が消えてもきっと残ると思う。
間違いなく、同世代を生きたタレントさんの中で、人一倍輝く存在として残るだろう。
ファンの思い出の中にあって、いつか消えてしまうものは、その時その時を幸せにしてくれたものとしてそれはそれでいいのかもしれない

でも、どうやって処分する?(笑)捨てられないよな