申し込み完了

毎回、コンサートの申し込みは、アナログ人間の私にはすごいストレスです

基本、おひとり様参加なので、当たったら当たったで、会場の席に着くまで不安でしようがない(笑)

それでも万難を排して、ネットの海に飛び込むのは、ひとえに生の木村君に会いたいため。

あとは、当たるのを祈るだけ。どうか、いつまで参加できるかわからない私にお慈悲を。

 

WSで嵐のラストコンサートの様子が流れた。

ひとりもかけることもなく、嵐を守ることができた、と万感の思いで語るメンバーの姿に、ちょっと胸がちくりとした。

いまさら、空中分解してしまったグループを懐かしむことはないけど、グループを守ることは、こちらで思う以上に大変だったのかもしれないと思った。

私は、木村君のインスタの、今宵月の見える繋がりという言葉は、今、まさにラストコンサートを駆け抜けていこうとしている、あの5人に思いをはせたものかなと思った。

 

 

 

 

 

 

 

久しぶりに

気が付けば、今年に入って一度も更新していない。

教場の感想も書かないまま。

日々、木村君の活動は追ってはいて、そのたびに思うことはいろいろあるのだけれど、ここに書き連ねるエネルギーが不足しているというのかな。

それはたぶん年のせい(笑)

木村君を応援し始めて、4半世紀、そりゃあ、年もとるわね。

もうこの年になると、日々年齢との戦いになる。

体調を整えるために、食事に気を配り、動かせる体を維持するために、体操もしなくてはいけない。

若いころ何気なくできていたことが、努力をしなくてはできなくなっているのだ。

とはいえ高齢化が進んでいる今、100歳になろうという母も健在で、私ごときの年齢で、息切れするのは早いのかもしれない。

木村君のいうかっこいい先輩になる道は遠いな。

 

久しぶりにここにきて、こんな放置したまま、雑草が生い茂っているような日記に来てくださる方がいて、本当に恐縮しています

ありがとうございます

いっそのことやめてしまおうかとも思いましたが、自分のために取っておきたい場所でもあるので、細々と続けられたらと思っていますので、よろしくお願いいたします

 

 

TOKYOタクシー

映画の途中から、何の涙かわからない涙があふれて自分でも戸惑ってしまった。

家に帰って、しばらくあれは何の涙だったんだろうと考えて、

ああ、あの映画の人へ向ける視線の暖かさゆえの涙だったんだと気が付いた。

長い人生が終わろうとしている人も、まだ先の見えない今を生きている人も、それぞれに物語があり、みんないとおしい。

それを見つめる視線の暖かいこと。

この映画全体に流れる人への暖かいまなざしは、監督のものなのだろうか。

葛飾から始まって、思い出の地を巡る間に、語られる壮絶すぎるすみれさんの人生。

それすらも暖かく包み込んで物語は進んでいく。

私は、タクシーが多摩川を渡って、これで東京ともお別れね、とすみれさんが言った後のストーリーがとても好きだ。

あのために木村君が運転手役に選ばれたのではないかと思うほど、すてきな夢物語になっている。

イルミネーションがきれいな街を歩く二人は、もう乗客と運転手ではなく、つかの間の恋人のようだった。

どんな重いものを背負っていても、人生の中でつかの間訪れる、夢のような一瞬。

いつまでも見ていたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お誕生日おめでとうございます

朝から、たくさんのお誕生日メッセージがあふれるSNSを見て、幸せな気持ちになっている

とりわけ、お嬢様方が見せてくださっている、父としての木村君の姿には、心の底から暖かいものが湧き出てくるような気持になる。

当たり前のようにそこにある、普通の家族。

世の中的にどんなに国民的だのスターだの言われても、そこに帰ると、一人の家庭人に戻る。

それが、しっかりと地に足が付いた生き方につながっていったのだろうと思う。

木村拓哉さんは、家族も含めて木村拓哉さんなんでしょうね

今年も。お誕生日のお祝いが言えました

木村拓哉

53歳のお誕生日おめでとうございます

 

 

50円問題(笑)

木村さ~んで、パンを買いに来た男の子に、足りなかった50円を差し出した木村拓哉に賛否両論?

Xでは、さすが!!という声が多いのかな?

木村君にしてみれば、50円を取りに帰ったらもう会えなくなるから、というのが本音だと思うし、それ以上でもそれ以下でもなかったというのが本当のところだと思う。

それでも、さすが!!だの、2つ買ってやれよだのいわれてしまう。

逆に2つ買ってあげたとしても、さすが!!と言われたり、安易にお金を出すなといわれたりするんだろうな

難儀なことだなと思う。

人のとっさの行動というのは、その人の人となりが表れるわけだけど、あの時、足りない50円を出してあげるというのが、彼にしてみれば一番自然なことだったんだろう。

自分の立場を考えたわけでもなく、教育的配慮を考えたわけでもなく、弟にパンを買ってあげようとしたお兄ちゃんのために、足りない分を出してあげる。ただそれだけの事。

人に対する、目線がとてもフラットなんだと思った。

そういうところがいいなと思う。

 

ここにいる

ここにいるをたった一人で、渾身の力を込めて歌う木村君の姿に、ここ何年かの出来事が重なって、涙が出た。

よくぞ、そこに立ってくれました。ありがとう!

本当にいろいろなことがありすぎた。

一ファンですら、見ているのがつらくて逃げ出したくなることばかり。

そんなファンの気持ちに応えてくれるかのように、大丈夫だよ、ありがとうと,渾身の力を込めてメッセージを投げてくれた。

この歌は木村君のメッセージであり、ファンの気持ちでもある

ファンというのは、一方的な気持ちなのは分っていても、こんな時、もしかしたら気持ちが届いているのかもしれないと、ちょっとうれしくなる。

だから、小さな思いだけれど、あなたを応援するファンがいるよ、と私もここにいるといいたくなった。

木村君のソロコンサートは、これで3回目だけれど、回を追うごとにパワーアップしている気がする。

決して若いとは言えない年齢、どれだけ努力をしたのか、ふとよぎったそんな思いが無意味なくらい魅せてくれる。

すごいよ、やっぱりすごい。

やっぱり彼は、天性のアイドルだ。

 

目の前にいるすべての人の笑顔のために、自分は存在する、

自分に対する評価とか賞賛とかのためではなく、ただ目の前の笑顔のために全力を尽くす、そんな潔さが好きだ。

会場の笑顔とともに、彼の笑顔も輝きを増していく。

この笑顔で、ちょっと背筋が伸びて、頑張ろうという力がわいてくる。

 

 

 

 

 

 

 

グランメゾンパリとTOUCH

グランメゾンパリは35憶を超えたそうだ。

数字はあまり気にならなくなったけど、良いに越したことはないのでほっとした。

 

三ツ星を取って維持するのは、苦しさ98、うれしさ2、楽しさはないというKEIさんの言葉。

そんなとんでもない世界に挑戦する尾花達4人。及川さんが中年ジャンプといったけれど、この映画は本当に、中年の青春映画のようだった。

あんな風に何かに向かって、大の大人がぶつかり合ったり、一致協力したり、それがどこも照れ臭くなく、むしろかっこよく描かれていて、見終わった後、いい試合を見た後のような感動を感じた。

それから、この映画は日本語、フランス語、韓国語といろいろな国の言葉が、入り乱れていたわけだけど、そこに何も違和感を感じなかったを後で気づいた

もちろん私は日本語しかわからないのだけど、耳で理解できる日本語と、文字で理解する外国語がすんなり物語として入ってくる。

言葉が演技の邪魔をしていないところに、俳優さんたちがどれだけ努力したかを垣間見た気がした。

TOUCH

kokiさんの演技は初めて見たのだけれど、英語で演じていることもあってか、日本の女優さんが演じているという感じが全くなかった。

言葉にも文化にも何の違和感もなく溶け込んでいる。日本の女優さんとはちょっと違う強さが、kokiさん演じるミコから感じられ、海外の映画が似合う女優さんだと思った。

ただ私の木村脳が時々顔を出してしまって困った(笑)